チノの歴史
いつも当店をご利用いただきまして誠にありがとうございます。
どうも、及川です。
10月に入ったというのに暑い日が続きますね。
着たい服がたくさんあるのに、暑くて着れないむず痒さに悩まされる今日この頃です。
もう少し涼しくなれば、ラルフローレンのチノパンに白のカットソー、ネイティブ柄のニットガウンを羽織って鎌倉に写真を撮りに行きたいのですが、いつになることやら。
そういえば、チノパンってワークのイメージが強いですよね。
でも、実はミリタリー生まれってご存知でしたか?
【50-60s M52 chino pants】
1846年、インドに駐屯していたイギリスの兵士達は困っていました。
それは、彼らのユニフォームのパンツが真っ白だったからです。
それは、インドの土地に馴染まず、敵から目立ってしまうのです。
そこで当時の連隊長がカレー粉、コーヒー、桑の実などを使い白いパンツを染めました。
それで、できたのがカーキ(ベージュ)色のパンツ。
これが、今日のチノパンツの祖です。
ちなみに、日本ではカーキといえばm47のようなオリーブグリーンの色味は連想すると思いますが、海外ではこれは間違いで、カーキと言えばベージュの色味なのだそうです。
カーキとはヒンドゥー語で土埃の意味になり、土埃の色味といえば普通ベージュですよね。
では何故日本では、カーキ=オリーブグリーンと認識されているのでしょうか。
推測ですが、昔の雑誌なのでカーキ=オリーブグリーンと紹介したんじゃないかと思います。
分かる方いましたら、是非教えていただきたいです。
チノとは、スペイン語で中国を表します。
インドで生まれたチノクロスは製糸機械と共に中国に渡り、中国で多くの生産が行われました。
その戦争に勝利した、アメリカはスペインの植民地であったフィリピンを統治することになります。
そして駐屯の際、実際に使用されたのが中国から買い付けたパンツ。
スペインの植民地であったフィリピンではそれをチノと呼んだのでしょう。
こうして我々が知るチノパンツが誕生したわけです。
チノとはギャバジンよりも打ち込み量を少なくした綾織物になります。
伸縮性に富んで、通年で使えるのが綾織物の特徴です。
これからの季節も間違いなく使用いただけるチノパンツ、この機会に新しいものを新調してみてはいかがでしょうか。
諸事情につき、明日、明後日とお休みを頂きます。
ご迷惑をおかけし、大変申し訳ございません。
明明後日からは、通常営業いたしますので、高円寺にお越しの際は是非店頭に遊びに来てくださいね。
スタッフ一同、皆様のご来店心よりお待ちしております。
では、ciao!